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平成20年3月の資料紹介

「劉連仁 穴の中の戦後」

(『シリーズ・花岡事件の人たち 中国人強制連行の記録 第2集 蜂起前後』収録) 野添憲治/著 社会評論社 2008.1 p175~340 22cm

  • 表紙写真

今回は野添憲治氏著作の中の第二部として収録されている「劉連仁 穴の中の戦後」です。
劉連仁事件をご存じでしょうか。劉連仁事件の前に“強制連行”について、本書から引用します。「1937年に日本は中国侵略を拡大して日中戦争をはじめたが、翌年に日本政府は国家総動員法を制定し、国民徴用令を公布して労務動員計画をたてた。朝鮮人に対しては1939年~45年まで約150万人を日本各地に強制連行、太平洋戦争にはいるとさらに労務者不足が深刻になり、1942年に東条内閣は中国人労働者の内地移入を閣議決定し、1944年の次官会議決定を経て、約4万人の中国人を日本に強制連行し、135事業所で働かせた。」のが強制連行で、そのうち40%の中国人が北海道に来たといわれています。
劉連仁は、
1944年中国から雨竜郡沼田村の「明治工業株式会社昭和鉱業所」に、強制的に連れてこられ、過酷な重労働に耐えきれず、19457月末に脱走します。道北から道東の山中を転々とし、19582月、石狩郡当別町郊外木沢の山で発見保護されました。実に13年間の逃亡劇です。本書は、劉連仁本人や家族、発見に関わった人など、周辺の関係者に取材したルポルタージュで、書き下ろしではなく、1995年に三一書房で出版された『劉連仁 穴の中の戦後 中国人と強制連行』を掲載したものです。
 強制連行については、全国各地で裁判が行われています。劉連仁事件は東京高裁の一審判決で、強制連行・強制労働が国策として行われたことを初めて認め、「過酷な体験を強いられた劉さんの救済義務を怠った」として原告請求の全額二千万円の賠償を命じましたが国側は控訴し、二審判決では賠償請求が棄却され、20074月の最高裁判所の判決では「上告棄却」という決着となっています。

当館所蔵関連資料
『穴にかくれて十四年 中国人俘虜劉連仁の記録』欧陽文彬著 三好一訳 新読書社 1959.2
『母と子でみる穴から穴へ13年 劉連仁と強制連行』早乙女勝元著 草の根出版会 2000.11
『鎮魂歌』茨木のり子詩 童話屋 2001.11 *詩劇「りゅうりぇんれんの物語」を収録